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気になる色々情報発信&備忘録な日記です。

by mintlemon

人生を賭けた自己実現

今から2,700年ほどの昔、今の中国でのお話です。その男は、故国を隣国に冒されて一時は、滅亡した故国を、父の遺言に従い機を見て興った亡国の民の再建の挙に参加して、その戦いに一国の滅亡と再建を忍耐で覆した事実を目の当たりにして、これを以て己が持論を遊説して自己実現を達成すべく、活動を開始します。

彼は天下国家を動かすという自己実現を果たすために、一人旅を始めるわけです。時には、行き倒れ同然の所を異国の名も知らぬ邑人(むらびと)に救われたりしていくつかの国を経巡り、当時大国の一つ斉(せい)国に再び辿り着きました。

この国なら、故国のような小さな国ではなく、自前の構想で中国一の国に出来ると、自信満々での遊説だったのでした。それ以前この国を訪れた際、生涯の友とも出会っていました。その友人は斉でも名家であった家の次男坊、名は蹇叔(けんしゅく)といいました。彼等は、互いにどことなく気の合う者同士の間柄になるのです。

彼、蹇叔の家に厄介になりながら、斉の国で彼は就職活動に奔走していたわけですが上手い具合にはならなかった。その友の家格をして手掛りを掴めないかと蹇叔に依頼してみると・・・、「大言壮語する割には、仕えるのが誰でも好いというような態度ではこの先、天下国家を唱えられる器とは決して思われず、人はお主を蔑みこそすれ、期待などせぬヨ。」と辛らつな返事。

「お主の様な良家の喰うに困らぬ者には、俺の必死の思いは分らんのだ。」とステ台詞を残して、彼は斉を出て再び旅を続けるわけです。ココから彼は、中国の南方一体を遊説して回ったのですが、結果は失意だけ。当時のその辺り一帯は排他的で、中々相手にはして貰えなかったわけなのです。

そこで、仕方なく彼は思うわけです。やはり自分が活躍できるのは、中華でも進取の国々にしかないと・・・。彼は再び斉へと足が向くのですが、その途上ついに飢渇して行き倒れの所を救済される羽目に・・・。

再度、斉へ入国しようと思いきや、今度は検問に会ってしまうのです。つまり、身元が分らない者は今、この国には入国出来ないと・・・。致し方ないので、シブシブ半ば喧嘩別れのようになってしまった友の名を挙げるわけです。蹇叔は快く再度、彼を迎え入れるのです。

蹇叔曰(いわ)く「よくも生き抜いていたものだ」彼曰く「天がある限り、俺は不死身なのさ」とうそぶく始末。結局、彼は再び蹇叔の世話に。そこで彼は聞くわけです。この検問の仰々しさは何ぞやと。この時、斉は、彼の故国を滅ぼした国の君主と戦をして、その国を討ち果たしていたのでした。そんな事があって、外国からの人々の入国には、用心していたのです。

彼は、蹇叔のもとで再び客人のような生活を送るわけですが、たとえ名家の子息とはいえ、蹇叔にしてみても、変わり者である事に思い至るわけです。というのも、蹇叔自身、彼に何も求めはしないものの就職の斡旋をするわけでもなく、そんな処もあってどこかつかみ所のない友でもあったわけです。

そんな折、彼に笑みが。「やっとお主に、厄介をかけずに済みそうだ」と蹇叔に話しかけます。「就職口が決まったのか?」・・・「公孫殿の世話になる」・・・「公孫というと、あの公孫無知か?」蹇叔は眉をあげて聞き返します。公孫無知とは、先代の斉の君主の弟の子。蹇叔は一抹の不安を覚え、彼に言います。「死人に仕官する気か?」

彼にしてみれば、喜んでもらえると思っていたのに、逆に血相を変えて反対するのです。「公孫無知は今、この国で最も評判の良い人物ではないか」と反論するのですが、土地の人間だけに蹇叔は、彼の過去もよく知っていて、公孫無知の羊の衣を借る狼のごとき本性を見抜いていたのです。

更に、蹇叔はその仕官話を彼に代わって、丁重に断りにさへ赴く訳です。そして蹇叔は、彼に聞くのです。「小白(しょうはく)や糺(きゅう)なら判るが、何でまた公孫無知などの処になんぞ足を運んだのだ」小白も糺も今の斉の君主の公子なのでした。

彼は頭を横に向け、答えるわけです。「両者には姫姓の血が流れている。我、故国を滅ぼした血だ。誰が奴等なんぞの処へ行くものか」とうそぶくのです。「ははぁ、さては彼等には仕官を断られたな」と蹇叔は、想到します。実は、正にその通りだったのですね。しかして公孫無知の活動は、蹇叔の予想通りになるのです。この後、クーデターを起こすのですが失敗して公孫無知は、憤死するのです。

実はこの時、斉は覇者出現、胎動の時期だったのです。この後斉では、桓公と管仲の君主と名宰相の出現で、斉は隆盛を極める時期に突入するのでした。その折での仕官工作が失敗したと蹇叔は、想像したわけです。

その後時期が経ち、不思議なことに今度は蹇叔の方から旅に出ようと彼の尻を叩き始めるのでした。そして、斉国内での政変(小白と糺の次期君主の座争奪戦)が勃発して・・・。彼にしてみれば、想像は一部的中、一部は蹇叔の想像通りの結末に。本来なら、諸国遍歴の旅に少々辟易していた彼も、蹇叔の誘いを受け入れるしか、活路は見出せないことに思いが至るわけです。結局、二人はこの時から、長い旅を、始めことになります。彼は、齢50を越えていました。

二人は周を訪れ、彼はその国の王子頽(たい)に仕官したのです。その採用の内容は、牧人。つまりは牛の世話。しかし、ここでも蹇叔は彼の仕官活動に懸念を示します。周国内の情勢をつぶさに観察していた蹇叔は、彼に言います。「どうやら王子頽の立場は、危うい」このままだと、彼の身にも危険が訪れる可能性があると・・・。早くこの国から去った方が良いと言う事を、強く勧めるのです。彼の強硬な説得に、シブシブながら従い、二人はこの地をあとにします。

そして、案の定、王国に政変が。その乱で王子頽を擁立する勢力が、一時勝利を修めるのです。彼は、蹇叔に少々非難めいた口調で、今回の周国脱出に関しては失敗ではないのかと問いただすのですが、蹇叔曰く、王子頽の勢力のほとんどは、周から距離のある他国の軍事に依存しているので、反対勢力はそれらの力が撤退した時、王子頽は滅びる事を予感していたわけです。果たして彼の予感は的中するのです。彼等の仕官巡遊の旅には、梁塵(りょうじん)の如(ごと)く年月が降り積りました。そして、仲のよかった二人に決別のときが訪れるのです。

その場所は、虞(ぐ)。この国は、強国に挟まれた小さな国。その危うさに蹇叔は、ココでの仕官はせぬ方が好いというのですが、彼はココでキカン気を発揮するのです。半ば長い旅に疲れた様子と焦りがないまぜになったのかもしれません。結局涙を拭い彼は、友の後背に無言で語りかけるのです。「ゆるせ、蹇叔。」

さて、この地で骨を埋める覚悟の彼は、十数年食録を得るわけですが、事件が発生します。この国の、大夫、宮之奇(きゅうしき)が語った名言「唇亡べば歯寒し」・・・虞公に諫言した有名な台詞。しかし、その諫言は虚しく宮中に響いたに留まりました。はたして、虞は強国の手玉に取られて、滅亡、そこで仕官した彼は、奴隷として使役される立場に・・・。

何という結末。彼は晋という国の君主の娘の下僕として、彼女と共に秦国へ向うのです。ところがその国で、晋の公女の下僕の一人の男の才能に気が付いた秦の家臣がいました。当時の秦は君主に任好(じんこう)を仰ぎ、これから国家としては中華を代表する国々に追いつき追い越せの立場にあった、興進の国だったのです。君主の任好自身、明徳を好み進取の気概に富んだ、人物でした。

彼の家臣に、禽息(きんそく)がいました。彼は、晋の公女の下僕に一際光彩を放つ、優れた男がいて、何とあれ程強欲な晋君が見抜けず、タダ同様でこの国に下僕として届けてくれたこの好機を逃せば、国家の損失は計り知れないとまで訴えて秦の君主、任好に彼の斡旋をアピールするのですが、多忙の君主は彼の言葉を中々汲み取ってはくれなかったのです。

しかし、禽息は諦める事なく憤怒とも思える語調とこの国を思う強い態度で吐血してまで、つまり死をも恐れぬ態度で命を賭して、任好に訴えるわけです。さすがに、秦の君主もそれには気を止めずに入られなかった。早速、その下僕に面会させようとしたのですが、彼は脱走していたのです。今度は逆に、任好が諦めきれずに捜索隊を組織して、当てのない国外に派遣するわけです。

果たして、脱走した下僕は、南の国、楚の付近で見つかるのですが、彼を取り戻すのには、大事件にしてはいけないことを知って、そもそもその脱走した下僕は、我が国に嫁いだ晋の公女のものであると強行に談判し、わずか羊5頭との交換で取り戻すわけです。

一見した処、脱走した下僕は貧相で活力の欠片もない年老いた男なのですが秦の君主が直々、厚い礼を以って彼に接するのです。一歩間違えば笑いものにされない図です。乞食同然の老人に国のトップが頭を下げて、接見を乞い、話を聴こうとしているのですから。

しかし、彼との談義は一日では足りず、二日経ち、三日経って、任好は深い感銘を覚えるのです。この時から、五羖大夫(ごこたいふ)、百里奚(ひゃくりけい)が、秦を中華の強国にするために、手を差し延べる事になります。さて、この老人秦の君主にもう一人も逸材の探索を依頼します。任好は電光石火の早業でその逸材の招聘に成功します。その逸材の名は、蹇叔。

蹇叔は友、百里奚が仕官した先、秦で五羖大夫とあだ名されている事に、彼の立場と周辺からの注目のされ方に感動すら覚え、その国の招聘に従うのです。二人をしたがえた秦の君主、任好はその後、強国である晋を滅亡寸前にまで追い込み、付近の民族を平らげ、秦を強大国に築きあげるのでした。百里奚は、ヨワイ90を以って、自己実現を達成したと言われています。

by mintlemonlime | 2016-09-03 13:49 | 歴史